バイリンガル育児体験談
目次 私のバイリンガル育児の実体験をもとにして書いています。その目次です。
すでにお読みいただいた読者の方々からいただきましたご感想を一部ご紹介しています。
どうして『バイリンガル育児』をやってみようと思い立ったのか?
それは...
英語がしゃべれる私の子どもには、海外移住経験はありませんが、英語がしゃべれない私には、海外移住経験があるのです。この違いは、何が原因だと思いますか?
悲しいかな、オーストラリア人がしゃべっていることはほとんど理解できませんでした。
英語で何か聞かれても、苦笑いしてごまかすしかありません。
さて、父親の仕事の関係で12歳になる直前でオーストラリアのシドニーに住むことになった私。
当時、それほど日本人は多くいませんでした。街中を歩いていても、日本人を見かけることはそうありませんでした。
私が中学1年生のとき、約2週間だけですが、たった1人でオーストラリアの田舎にホームステイしたことがありました。
父の仕事の関係で2年間滞在していたオーストラリアから、私が日本に帰ってきてからのお話です。
オーストラリアに住んでいたとき、現地のオーストラリア人が教える本場の英語の授業の成績は良くありませんでした(-.-)
『苦労しないで英語を話せるようになるには?』を考えたとき、その答えのキーワードは「子ども(6歳くらいまで、特に3歳くらいまで)」に至ったのでした。
はじめに断っておきますが、娘Mはごく普通の子です。
特別に何かに秀でているとか、特別な才能があるとかいうことはありません。
乳幼児期は自然に言語を習得できる絶好のチャンス!
私の目標は「本格的にバイリンガルに育てる」でした!
とにかく、流す時間の量の違いはあったにせよ、毎日毎日、土日祝日など関係なく、最初は「さわこの一日」のCDを流し続けました。
本格的に英語の環境作りに取り組み出したのは1歳半ごろからでした。姉が持っていた教材を借りて取り組み始めました。取り組んだといっても、BGMで繰り返し流しただけでした。
うちでは、2歳後半ごろからしちだ・教育研究所の「かな絵ちゃん」にも取り組んでみました。「かな絵ちゃん」というのは、フラッシュカード教材です。
Mの2歳代のときの大のお気に入りは、NHK教育テレビ(現Eテレ)で放映していた「英語であそぼ(現 えいごであそぼ)」のテレビ番組でした。
たまにポロっとCDで聞いたフレーズを口にすることはありましたが、アウトプットをあまりしない子でしたので、やはり不安がありました。
「CDをかけ流しているだけで、本当にしゃべれるようにまでなるのだろうか」と。
その当時、夕方の6時半頃からNHK教育テレビで海外ドラマを放送していました。その頃は"Full House(フルハウス)"という、女の子3人の大家族のアメリカのドラマをやっていました。
娘Mも3歳になりました。
家での英語環境作り(インプット)は続けていましたが、やはり、アウトプットの場が欲しくて、近くに子ども向けの英会話教室があるのを知り、通わせることにしました。
自由予約制の英会話教室でしたので、日によって生徒数は変わりました。
Mも4歳となりました。今まで流していた教材「さわこの一日」や「ゆきおの一日」も繰り返し流してきたので、飽きてきたと思い、再び教材探しを始めました。
Mも4歳代となり、再び教材探しをし、次に使うことにしたのは児童英語研究所の「パルキッズ」という教材でした。
児童英語研究所の総合教材『パルキッズ』とは別売りの暗唱用の英語絵本『リタラシーリンクス』で、英語の暗唱にも取り組んでみました。
4歳11ヶ月から取り組み始めた児童英語研究所の暗唱用絵本。 ある日突然・・・!
5歳頃からは「フォニックスドリル」、6歳頃からは「ライミングドリル」、7歳ごろから「英検ドリル」に取り組んでみました。
4~6歳ごろ、ビデオ教材も、お楽しみ用(補助教材)として、ときどき見ていました。
近くの英会話教室に通い始めて、2年くらい経ったころだったと思います。
娘Mが5歳になって2ヶ月ほど経ったとき、私の姉と姉の子どもたち3人と、計6人で26日間のオーストラリア旅行をしました。
5歳頃からだったでしょうか・・・、パソコンで使うCD-ROM教材も、お楽しみ用(補助教材)として、たまに、少しだけ使っていました。
日本の小学校に入学した4月に、今まで通っていた英会話教室から他の教室に変わりました。
英会話教室に通う必要はあるのでしょうか?
「家での取り組み」は、どこの地域にお住まいのご家庭でも行えることです。
『トーキングトレーナー』は、主に「話す力(英会話力)」を育てるための小学生向きの児童英語研究所のバイリンガル育成教材です。
「これだ!」と見つけた児童英語研究所のパルキッズ(当時は3年間プログラム)の教材を使って、4歳半ごろから7歳半くらいまで徹底的に耳から英語を聞かせ続けました。
バイリンガル育児中に経験した、私にとっての「4大不思議」は・・・
めざすは「本格的なバイリンガル」ですし、日本人として生まれたからには、英語だけが堪能でも困ると思います。日本語もまともに使いこなせるようにならなくては。
小学生から英語をやり始めるのでは、遅すぎるのでしょうか?
原始レベルのバイリンガルにまでは育てることができました。
親の勝手な考えかもしれませんが、「日本人」として、日本の良さや日本文化・日本人のすばらしさを外国の方々に語れるようになってほしいです!
繰り返しの内容になりますが、前に通っていた英会話教室が急になくなり、急遽、その教室で先生をしていたオーストラリア人が個人教室を開いてくれることになりました。
『継続は力なり』です!
(話が前後しますが)Mも6歳になり、近くの公立の日本の小学校に通い始めました。小学校に通い始め、1日に占める日本語環境の時間が多くなり、英語環境の時間は少なくなってしまいました。
インターナショナルスクールで先生や周りの子が言うことがわからなくて困ったことはなかったとMは言っていました。
最近、インターナショナルスクールは日本人に人気があるせいか、日本人の入学を制限している学校ではありましたが、Mが通っているスクールには日本人が多かったです。
私がMの様子を見ていて、うらやましいと思うことがいくつかあります。
「逆バイリンガルとは?」と思われたことでしょう。
いろいろあって、引越し先では日本の中学校に通うことになりました。
英検もTOEICも、合格を目的として受けたというより、実力を試すために受けてみました。
日本の中学校に通っているときに、英語と日本語のスピーチをそれぞれ人前で発表したことがありました。
Mは中学1年の途中から日本の公立の中学校に通い始めました。公立の中学校ですので、高校受験をしなければいけませんでした。
脳のしくみはすべてが解明されているわけではなく、いまだに多くは謎につつまれているそうです。しかし、少しずつその驚くべき働きがわかり始めてもいます。
言語は、遺伝子によって習得できるようになるものではありません。「親が英語圏の外国人だから英語をしゃべれるようになるか」というと、それだけの理由ではならないでしょう。
私たちが中学・高校で学ぶ英語教育法は、主に「左脳英語学習法」です。左脳は意識して一つ一つ覚えて、それを出力しようとします。
英語の環境を作ってあげるのは早ければ早いほど良いと思います。乳幼児期がチャンス!
どの子も同じような力を持っているはずです。Mが特別なのではありません。
「原始レベルのバイリンガル」までは親が環境を作る努力を数年間するだけで、意外と簡単になれると思います。
うちで主に使用した教材と使用した時期の一覧です。
各ご家庭それぞれの事情がありますでしょうし、目標とされているところも違うでしょう。
英語はあくまでも「道具」です。英語がしゃべれるからどうのではなく、そのコミュニケーションツールとしての言語(英語など)を使って、「何を伝えるか」がいちばん重要だと思います。
最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。









